2018年10月17日

大興奮の大サッカーはエンドルフィンの大放出を促し、痛みが半減す!!!

一期一会、うたかたの人生のご縁

その不思議に

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ドーハの悲劇も覚えているし

チケットの取りづらかった創成期のサッカーも見に行ったのだから

満更、サッカーが嫌いではなかったが

最近では国際試合しか見ていないから、

特別なサッカーファンとは言い難い。



しかし、昨夜の日本チームのサッカーは大サッカーと表現するに相応しい(ふさわしい)

チームプレーの連続で

古めかしいが表現だが(血湧き肉躍る)が口をついで出る試合だった。

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個人的にはエンドルフィン(脳内で機能する神経伝達物質で鎮痛系にかかわり、また多幸感をもたらすと考えられている)が出っぱなしで

体の痛みを忘れさせてくれた。感謝だ。



私が見た国際試合では最もドーパミンやエンドルフィンを

大量放出させて貰えた試合で大感激、大感謝の試合でした。

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(小、大を制す)日本武道の教えを小気味よく、爽快に表現してくれた試合で

私のような半病人には、大きな治療薬になりました。

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ラグビーは前に前にだが

昨夜の大サッカーはそのお株を奪うように、前に前に!!

とにかく、素晴らしかった。

選手諸氏、監督、コーチ、こんな素晴らしい試合をありがとう。ありがとう。


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さあ、今夕からはプロ野球が始まる、

川上青田、長嶋王と70年間の巨人の大ファンとしては

大サッカーのような試合を是非、見せて欲しいものだ。


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posted by ryushi at 12:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月15日

エロティシズムと齢(よわい)

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川端や谷崎も老齢期のエロティシズムを

幽玄さやデカダンス(衰退)の中に描いている。

小林一茶は脳梗塞で倒れた後も女性に迫ったと、モノの本で読んだことがある。

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私がこの痛みの最中(さなか)に性を思ってもなんら不思議ではない。

いや弱って来ているからこそ、人生を懐古し

デカダンスの中に通り過ぎた女性とその性を思うのであろうか。


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今や、100歳が不思議ではない時代で

エロティシズム(性愛・情欲)に対する想念(妄想)の高齢化も当然の事であり

健康で元気な人であればあるほど、生物学的に

元気の種を残そうとするのは本能の一部と言える。


文学も

音楽も

絵画もエロティシズムを無視して語る事は難しい。

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人(生物)として誕生した命が

エロティシズムを永遠のテーマとしているのであろう。



横になりながら

今、そうした事を思う自分がいる。



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posted by ryushi at 20:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月14日

竈(かまど)やお櫃(おひつ)の時代はつい昨日の事だが、人の本質は?

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とても本を読む気持ちではなかったが

瞬時であっても、今を忘れるために

若いころ読んだ本を引っ張り出して読む事にした。




気持ちが曖昧(あいまい)であったので適当に手にした書籍が

永井荷風の(墨東奇譚)

随分、昔に読んだ本であったが、まあ何でもよいという感じ。


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東京の浅草界隈の猥雑(わいざつ)さが見事に描かれていて

若い時に読んだ感覚とは全く違った受け止め方が出来た。




その中でも、

永井荷風自身が、文芸春秋社に女性問題で尾行されるのでは、と言うくだりがあったのが

なんとも面白かった。

今も週刊文春は尾行追跡をしているのだから

創刊以来、代が変わっても同じような事をしているのかと

呆れたり、

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へえと面白がったりした。




竈(かまど)やお櫃(おひつ)が炊飯器になっても

川で洗濯や、洗濯板でしていた事が電気洗濯機になっても

やっている事や、人の習性はちっとも変っていないなあ

と思わず笑ってしまった。




おそらく、これからの時代

AIが自在になっても、人の本質はそう変わるものではないと

つくづく永井荷風の墨東奇譚から確認したのでした。



少しの間、嫌な事を忘れる時間が流れた。


明日はもう少し元気になるだろう。







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posted by ryushi at 20:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする