2018年10月07日

(人が生まれて、何より大切なことは遊び)と良寛さん

一期一会、うたかたの人生のご縁

その不思議に

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痛みは引くどころか、日増しに激しくなり

その終いに移動をする。

病院に行けば薬をくれるが、その薬は家に山と残っている。

服用しても一向に効かないし、心臓の病がある自分には多用は禁物。


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そうした日々が続くと、人間はマイナス思考にはまる。

もう無理かな、このまま歩けなくなるのかな、と

最もしてはいけない考えが浮かんでは消える。


それでも退屈は嫌いだから、ベッドの中で体を捻り

(捻ればその分痛みが出る事は承知の上で)パソコンに向かう。


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ネットを彷徨う、うちに

良寛さんの(人が生まれて、何より大切なことは遊び)の言葉に出会う、



痛みとは、関係がないのだが、関係があるようにも思えた。

(遊び)をブリタニカ国際大百科事典で調べてみた。

「身体的・精神的活動のうち食事,睡眠,呼吸,排泄など直接生存のための活動を除き,
仕事と対立する概念である活動をいう。
仕事は他の目的達成のための手段であり,仕事自体は苦痛であることも,
また強制されることもある。
それに対して遊びは活動自体が喜びや満足をもたらし,
他から強制されず,自発的に行われ,通常まじめな目的や目標からの離脱が含まれている。
しかし,子供の活動には仕事と遊びの分化がなく,
子供にとっては遊びが仕事である。遊びの活動を通じて新しい機能を獲得し,
社会の習慣,役割を身につけ,課業や仕事を分化させるようになる。
したがって子供にとって遊びは心身の発達に重要な役割をもつものであるが,
成人にとっては日常生活や仕事から生じる緊張をやわらげ,
気分を一新し,疲れを休め,新しい生活意欲を高める手段としての効用がある」

とあった。

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私のような自由人は今更、この言葉を反芻する(はんすう)必要もないが

今の痛みも(遊び)を考える事により

少しは改善されるかも知れないとも思えた。




神経を痛みにだけ向ければ、痛みを再確認し更に痛みを加速させる。

こうして、ブログに向かっているだけでも、ふと、痛みから解放される

時間が流れる。




人生はいかなる時も、遊びに耽る(ふける)時間は大切だと

常々思っていたが、更に強く思える。

そしていくつになっても

夢を語れる人でありたいなア

身だしなみも、

こぎれいなものを着こなすようにしないといけないねえ

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今は(痛み)が思考の大半を占めているが、人生全般に

いついかなる時も、何歳になろうとも

自由に奔放に遊びに耽る時間は必要だし

明日の夢を語りたい。たとえそれが人から見たら遊びであろうとも。



その点ZOZOの前澤という方は面白い。

徹底的に遊びを考えて儲けたお金をぐいぐい使う

女の問題だってへっちゃらけ

批判はあるだろうが、何をしてもどのような生き方をしても

常に批判や中傷はつきものだ。


たいしたお人だ。






最近の子供たちは遊びの時間も無いようだし

大人だって、

チョット気晴らしに不倫をしたら、世間から猛反発

なんでもかんでも、セクハラパワハラ(どこに線引きがあるのか訳がわからない)

賭け事をしているとなれば、冷たい目で見られたり

遊びの範囲がどんどん狭くなっている。




果たして人間はこれでいいのだろうかねえ。

遊び心を経験していないと、人の事を許容する事も限られてくる。






とまあ、こんな事を考えていたら

少しは痛みの事も忘れた。

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そうだ、痛みが引いたらアンナ事もこんな事もしよう。

なあに、なおるさ、今までだって色々な事があっても

乗り越えてこれたのだから。


さあ、これから益々遊ぶぞ。

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「痛いの痛いの飛んでけー」の
懐かしい母の声が聞こえたように思えた。






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posted by ryushi at 12:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする